[archive]「病は気から」は本当か:プラセボ効果の謎

サイエンスライター / 執筆 : FRONTEOヘルスケア

小さい頃、転んで膝をすりむいた時、親や先生に「痛いの痛いのとんでけ」とおまじないをしてもらった経験は、誰しもあることでしょう。不思議なもので、こうしてもらうと実際に痛みが軽くなったような気がしたものです。

 

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実のところ、これは決して単なる気のせいなどではありません。いわゆるプラセボ(placebo、プラシーボとも)効果の一種として、説明がつく事柄なのです。プラセボとは、もともと「喜ばせる」という意味のラテン語に由来し、転じて「患者を治すよりも喜ばせるために処方されるニセの薬」という意味に用いられるようになりました。

 

しかしこの「ニセの薬」は、患者を騙して安心させるだけでなく、実際に治療効果を発揮するから不思議なものです。病気に苦しむ患者に、小麦粉を丸めただけのニセ薬を投与すると、本当に症状が軽減されるのです。これは何度も観察され、再現性の高い事実として確認されています。

 

薬ではないプラセボ効果

このような治癒効果を与えるのは、何もニセ薬だけとは限りません。冒頭で述べた通り、おまじないや暗示にも効果はありますし、何らかの儀式も効き目を示したりもします。白衣の医師がひとこと声をかけるだけで、すっと吐き気や痛みが治まることもあります。

 

プラセボ外科手術というものも知られています。ジョー・マーチャントの著書『「病は気から」を科学する』には、転倒によって背骨にヒビが入った高齢者の患者に対してニセの手術を施したところ、劇的に痛みが改善したという例が掲載されています。夜も眠れず、立ち上がることすら難しいほどの痛みを感じていたものが、(ニセの)手術後にはゴルフを楽しめるまでに回復したというから驚きです。

 

こうしたプラセボ効果は、うまく使えば病気の治療や症状の軽減に役立ちますが、実際には効果のない治療法が生き残る原因ともなってきました。どんなインチキ療法であれ、うまく暗示をかけて「効く」と思い込ませれば、一定の治療効果を引き出せるわけですから、施術者にも患者にも「これは間違いなく効くのだ」という確信を与えてしまいます。いくら効果がないというデータが出されても、ホメオパシーなどの代替医療がなかなか消えていかないのは、こうしたことが一因です。

 

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プラセボ効果を排除する

現代の正規医療で用いられる医療法や医薬は、すべて厳密な臨床試験により、プラセボよりも効果があると立証されたものだけが認可されることになっています。患者を二つのグループに分け、一方にプラセボを、もう一方に本物の治療薬候補を与え、効果を比べるのです。この時、自分が飲んでいるのがプラセボだと患者が知っていたら何もなりませんし、どちらがプラセボかを試験者側が知っていても、無意識あるいは意識的に試験結果に手心を加えてしまう可能性があります。

 

そこで、患者も試験者側も、与えられているのがプラセボか本物かわからないようにして試験を行い、データを取ることとなっています。面倒なようですが、プラセボ効果というものがある限り、こうした手続きを踏まねば効能の正確な判定はできません。

 

鍼はプラセボなのか?

しかし、医薬のように簡単にプラセボとの比較ができない医療法もあります。例えば鍼治療がそれです。ご存知の通り、鍼治療は経穴(けいけつ)と呼ばれる「ツボ」に専用の鍼を打ち込むことにより、刺激を与えて治療を行うというものです。

 

臨床試験の考えに基づき、その効果が本当であるのか立証するには、効果のない「プラセボ鍼」を打ち込んで、本物の鍼と比較せねばなりません。しかし、鍼は患者の体に痛みを与えるものですから、本物と全く同等のニセ鍼を用意するのは至難の業です。わざと経穴を外して鍼を打ち、比較する試験も行われていますが、これとても一定の刺激を与えているわけであり、完全な立証とは言い難いものがあります。

 

プラセボ効果の研究は続く

サイモン・シン著『代替医療のトリック(後に『代替医療解剖』に改題)』には、鍼を押し込むと筒の中で縮み、あたかも体内に打ち込まれたように見える「プラセボ鍼」を用いた比較試験の結果が紹介され、鍼治療にはプラセボ効果以上の効果はないと結論づけています。

 

しかし、この結果にも反論が寄せられています。プラセボ鍼も浅いとはいえ皮膚を貫いており、一定の刺激を与えていること、腰痛などの痛みの軽減には効果があるという信頼性の高いレビューがあることなどが挙げられています。一理あると思える内容で、少なくとも「鍼治療はすべてプラセボ効果である」とそう簡単に斬って捨てられない状況なのは確かでしょう。

 

プラセボ効果については生理学的な面からの研究も進み、予想以上に複雑な仕組みであることもわかりつつあります。こうしたメカニズムの解明が、近い将来に新たな治療法の開発に結びつく可能性は、十分にあるのではと思っています。


出典:KENKO JIMAN編集部(サイエンスライター:佐藤健太郎)