[archive]風邪のウソとホント(後編):書籍「かぜの科学~もっとも身近な病の生態」より

サイエンスライター / 執筆 : FRONTEOヘルスケア

前回に引き続き、『かぜの科学~もっとも身近な病の生態』(ジェニファー・アッカーマン著、早川書房、のちにハヤカワ・ノンフィクション文庫)を参考に、風邪の実際に迫ってみるとしましょう。

 

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(1)免疫力アップは有効?

鼻水や咳、のどの痛みなどの症状は、ウイルスが鼻やのどの細胞に取りつき、破壊するために起こる――のかと思ったら、実は違うのだそうです。これらの症状は、侵入してきたウイルスを追い出そうと、生体が作り出すサイトカインなどの体内物質によって発生します。一種の免疫反応です。

 

これらの物質を適量組み合わせて体内に注入すれば、風邪を引いてもいないのに風邪の症状を人工的に引き起こすことも、理屈上は可能です。つまり、風邪の症状はウイルスではなく、我々自身が作り出しているものだということです。

 

では咳や鼻水によってウイルスは追い出され、風邪の治りが早くなっているか――といえば、実は答えはノーです。これらの免疫反応は、細菌や花粉を体外に追い出すためにはある程度効果がありますが、ウイルス相手には役に立ちません。つまり風邪の症状は、単なる免疫システムの空回りということになります。

 

というわけで、下手に免疫力アップなどを図ると、症状だけがパワーアップしてしまうことになりかねません。免疫とは病気を撃退してくれるばかりのものではなく、時にこうして症状を悪化させたり、自己免疫疾患と呼ばれる病気を引き起こしてしまったりもする、なかなかの厄介者でもあるのです。

 

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(2)感染を防ぐには?

風邪が伝染る経路として、我々は飛沫感染や空気感染を思い浮かべます。ではマスクの効果はどうか?風邪を引いている側がマスクをすれば、ウイルスを含む唾液をまき散らさずに済むのである程度有効ですが、健康体の人の側が防御のためにマスクをしても、隙間からウイルスが入るためあまり意味がないようです。

 

実のところ感染経路としては、接触感染もかなりの割合を占めています。つまり、風邪を引いた人がさわったものに触れないこと、手をよく洗うこと、顔に手をやらないことなどが重要になります。人は無意識のうちに一時間に十数回も顔に手を触れていますが、感染症予防の観点からはリスキーな行為なのです。

 

家族で誰かが風邪を引いたら、その人の触れたもの(スイッチやドアノブなど)をしっかり消毒すること、他人との握手はなるべく避けることなどが、実際的な対策として有効になります。何より、風邪を引いた人は無理して出社・登校しないことが、蔓延を防ぐポイントといえます。

 

(3)風邪を治す薬はあるか?

薬局に行けば、各種の風邪薬が並んでいます。しかしこれらは症状を鎮めるだけのものであり、風邪の原因を断つものではありません。

 

風邪を引いた時に病院に行くと、抗生物質を処方されることがありますが、多くの場合で原理的に効果はありません。風邪の原因は、ほとんどの場合細菌でなくウイルスだからです。抗生物質は細菌のみに有効であり、ウイルスには何の効果もありません

 

ではなぜ抗生物質が処方されるか――細菌が引き起こす風邪の場合には効果があるというのが一点ですが、どうやら副作用のリスクとは見合いません。もうひとつ、風邪をこじらせて罹患する細菌性肺炎などの重い病気を予防するという目的でも投与されます。ただし近年の研究では、この効果も期待できないとされます(『99.9%が誤用の抗生物質』岩田健太郎著、光文社新書)。

 

細菌ではなく、ウイルスをやっつける薬もありますが、汎用性が低いという問題があります。抗生物質は一剤で多くの細菌に有効であるのに対し、ほとんどの抗ウイルス薬は特定のウイルスにしか効果がないのです。たとえばインフルエンザ治療薬のタミフルやリレンザは、ライノウイルスなどが引き起こす普通の風邪には効果がありません。

 

かつて、ライノウイルスの増殖を防ぐ「本物の風邪薬」の臨床試験が行われたこともありますが、副作用のため実用化には至りませんでした。医薬に副作用はつきものですが、当然そのリスクは治そうとする病気のリスクよりずっと低くなければいけません。もともとリスクの高くない病気である、風邪の治療薬開発は難しいのです。

 

というわけで、風邪を完全に防ぐのはなかなか難しいのが現状です。一方で、風邪のウイルスの存在は、我々の免疫系を適切に鍛え、アレルギーなどの発生を減らしているとの説もあります。風邪は神経質に避けるよりも、うまく付き合っていくべき病気ということになるのかもしれません。


出典:KENKO JIMAN編集部(サイエンスライター:佐藤健太郎)