[archive]変わる傷治療:清潔第一、経過を観察して柔軟に

サイエンスライター / 執筆 : FRONTEOヘルスケア

筆者が子供の頃、転んでひざを擦りむいた時の定番といえば「赤チン」でした。独特のデザインのビンから絞り出された真っ赤な液を傷口に塗ると、ちょっとしみるもののいかにも「効いている」という気がしたものです。

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しかしこの懐かしい赤チンは、近年ほとんどのメーカーが製造を中止し、薬局からも家庭の薬箱からもその姿を消しました。実は赤チン自身には毒性はほとんどないものの、原料として危険性の高い水銀が用いられています。水銀の製造・貯蔵には厳しい規制がかけられており、日本ではすでに1970年代には製造が中止されていました。欧米でも2000年前後に相次いで販売が停止となり、現在では入手が困難になっています。

 

というわけで赤チンは他の消毒薬に取って代わられたのですが、近年これもまた変わりつつあります。傷は消毒してガーゼを巻くのではなく、よく洗ってラップで覆うという「湿潤療法」が認められ、広く普及しつつあるのです。

 

傷の治療方法の変遷

傷口を消毒することは、消毒薬の元祖である英国の医師ジョゼフ・リスター(1827~1912)が始めたことです。傷口は細菌が繁殖しやすい環境であり、放置すると化膿したり、破傷風などの重い病気の原因ともなります。このため傷口は消毒薬で殺菌し、その後ガーゼで覆ってなるべく乾燥状態を保つことで、治りやすくなると長らく信じられてきました。

 

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しかし1962年、英国の医師ジョージ・D・ウィンターは、ブタの皮膚の傷を乾かさず、フィルムを貼って傷を湿った状態に保つほうが、はるかに傷の治りが早くなることを実証しました。これは後に人間の傷でも同様であることがわかり、徐々にこの考えが広まっていきました。近年、日本でも湿潤療法はマスコミで取り上げられるようになり、傷を湿潤状態に保つパッドなども売り出されるようになりました。

 

「湿潤療法」は細胞の再生能力を引き出す

なぜ傷を消毒せず、湿潤状態の方が治りがよいのでしょうか?まず消毒薬というものは、抗生物質と違って細菌の細胞も人体の細胞も区別せずに攻撃を仕掛けます。消毒薬がしみるのは、このためです。つまり傷口を消毒するということは、負傷で破壊されてしまった人体の細胞をさらに荒らすことでもあるわけです。

 

また、傷口からはじくじくと液体が滲み出てきますが、旧来の療法ではこれをガーゼで吸い取り、乾燥させてきました。しかしこの液体には、皮膚細胞や血管の再生を促す「成長因子」という物質が含まれています。つまりガーゼで液体を吸い取らせたりするのではなく、傷口を密封して成長因子を逃さないようにする方が、治りがよくなるというわけです。また傷口を乾燥させることは、せっかく再生してきた組織を殺してしまうことにもつながります。このため、傷が治るには湿潤環境を保つほうがよいということになります。

 

湿潤療法の手順と注意点:大きな傷は病院へ

具体的な湿潤療法の手順としては、まず傷口を消毒するのではなく、多量の水道水などでよく洗います。その後に傷口を料理用のラップや市販の湿潤療法用絆創膏で包み、医療用テープなどで止めます。ラップは1日1回、夏場はさらにこまめに取り替え、その都度傷口を流水でよく洗います。傷口がふさがり、ピンク色の新しい皮膚ができてきたら治療は完了です。

 

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このように湿潤療法は非常に簡便で、特別な医療器具も必要としませんが、注意点もあります。湿った状態の傷口は細菌が繁殖しやすい環境でもありますので、傷口の洗浄は念入りに行う必要があります。

 

また動物による噛み傷など傷が深い場合、広範囲にわたる場合、壊死した組織が残っている場合などでは、湿潤療法はかえって危険を招くこともあります。湿潤療法を家庭で行うのは、あくまで軽い擦り傷ややけどに限るべきであり、大きな傷の場合には専門の医師の診断を仰ぐべきです。また治療中に化膿などの異変を感じたら、早めに病院へ行くことが肝要です。

 

詳しく知りたい方は

筆者自身、脚を擦りむいた時にこの方法を試し、回復の速さときれいな治り具合を実感しています。ただしやはり万能ではなく、どんな傷もやけどもこの方法でOK、というわけには行きません。詳しくは「傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学」(光文社新書)、「キズ・ヤケドは消毒してはいけない―痛くない!早く治る!「うるおい治療」のすすめ」(主婦の友社、いずれも夏井睦著)などを参考にしていただきたいと思います。いずれにせよ湿潤療法は、子供さんのケガなどに備え、頭に入れておいて損はない治療法であると思います。


出典:KENKO JIMAN編集部(サイエンスライター:佐藤健太郎)