[archive]頻尿治療薬の誕生:新たな疾患と市場の創造

サイエンスライター / 執筆 : FRONTEOヘルスケア

気がつけば、筆者も40代後半という年齢にさしかかりました。同年代の友人と会うと、老眼が始まっただのどこそこを痛めただのといった話が始まったりします。自分ではあまり年を食ったつもりはなくとも、やはり誰の身にも老いは同様にやってくることを改めて思い知ります。

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頻尿はつらい病気

そうした中高年男性に起こる典型的な体の不調のひとつが、トイレが近くなること、すなわち頻尿です。今のところ筆者はまだ経験していませんが、不意に強い尿意に襲われたり、夜中に何度もトイレに起きなければならなかったりと、傍目で見るよりもずいぶんつらいもののようです。渋滞や長い会議などに耐えられなくなったりもしますから、仕事にも大きな差し支えが出てしまいます。

 

対策として、薬局で市販されている頻尿治療薬もありますが、医師の診断を受けることがお勧めです。たかがおしっこでわざわざ医者など行かなくてもと思ってしまいますが、実は十分なメリットがあります。

 

男性の頻尿の原因は二種類ある

というのは、男性の頻尿には前立腺肥大と過活動膀胱という二つの原因があり、治療法はそれぞれ異なるからです。そして今はそれぞれに優れた医薬が揃っていますので、きちんと診断を受けるのが治療の近道なのです。正しい診断さえ下れば、薬を定期的に飲むだけで安価かつ簡単に生活の質を取り戻せますので、利用しない手はありません。

 

このうち前立腺肥大は男性特有の病気で、60歳以上の男性では2人に1人にみられるともいわれます。前立腺は、膀胱の下で尿道を取り囲むような形の器官ですが、これがふくらんで尿道を圧迫し、尿の出を悪くしてしまうのです。

 

治療薬ハルナール開発の経緯

前立腺肥大の治療薬としては、ハルナールが最も有名です。1993年発売ですから十分な歴史があり、安全性の高い薬といえるでしょう。すでに特許も切れているので、安価なジェネリック医薬も入手可能です。

 

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このハルナールは、山之内製薬(現・アステラス製薬)から発売された薬で、専門的には「α受容体遮断薬」と呼ばれるジャンルに属します。実はこの薬は最初から頻尿治療薬を狙ったものではなく、降圧剤を目指して作り出されたものでした。頻尿と血圧には何の関係もなさそうですが、それがつながるのが人体の不思議です。

 

この薬は、アドレナリンのはたらきをブロックする作用を持ちます。ご存知の通りアドレナリンは体を興奮させるホルモンであり、血圧を向上させる作用も持っています。これを防いでやれば血圧が下がるのではないか――という発想のもと、ハルナールは作り出されました。

 

お蔵入りになりかけたハルナール

 

しかし臨床試験の結果、ハルナールの降圧剤としての効き目は弱く、医薬として不十分であることがわかりました。人体の仕組みはあまりに複雑であるので、現代の技術をもってしても効き目を事前に予測することは難しく、こうして臨床試験をしてみないとわからないのが実際のところです。

 

通常であれば、このままハルナールは日の目を見ずに消えてしまうはずでした。しかしこの時期、ある泌尿器科の医師が「α受容体遮断薬は前立腺の緊張を緩め、排尿障害を緩和できる可能性がある」という理論を発表していたのです。営業部の社員がこれを開発部門に伝え、実際に試験してみたところ、こちらの用途には見事に効果を示したのです。

 

想定外の大ヒット

 

となれば、前立腺肥大治療薬として早速発売……とは行きませんでした。社内から、発売に反対する声が上がったのです。尿が出にくいなど病気とはいえない、そんな治療薬など発売しても売れるわけがないというものでした。このため当初、売上予想は数十億円程度とされていたといいます。他の業界なら爆発的ヒットといえる数字ですが、医療用医薬品の世界ではこれは小粒すぎる額です。

 

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しかし思い切って発売してみたところ、ハルナールは売れに売れ、毎年1000億円以上の売上を叩き出す山之内のドル箱となりました。製薬会社さえ病気とは思っていなかった排尿障害は、手付かずの巨大市場であったわけです。

 

これをきっかけに多くの医薬が開発され、頻尿治療をめぐる環境は大きく変わりました。もしα受容体遮断薬が前立腺肥大に効くという情報が伝わっていなかったら、また、もしこんなものは売れないという意見が通ってハルナールが発売されないでいたら――患者の生活も医薬の世界も、ずいぶんと変わっていたかもしれません。


出典:KENKO JIMAN編集部(サイエンスライター:佐藤健太郎)