[archive]びろうな話今昔:水に始まり水に終わる

サイエンスライター / 執筆 : FRONTEOヘルスケア

お腹を壊すというのはなかなか苦しい経験ではありますが、しかし誰しも避けては通れぬところでもあります。筆者は幸いにして胃腸は丈夫な方ですが、それでも食中毒などで何度かひどい目にも遭ってきました。

 

Africa Studio/Shutterstock.com

 

“水難”の現象と原因

人間が食べ、飲んだものは腸管に流れてゆき、ここでほとんどの水分が吸収されます。下痢とは要するに、この水分吸収が何らかの要因でうまく進まず、そのまま排泄されてしまう現象です。

 

一口に下痢と言っても原因はさまざまです。単に暴飲暴食によっても発生しますし、精神的要因も大きく関与します。しかし最も身近で最も恐ろしいのは、細菌やウイルスの感染によって発生する下痢でしょう。

 

よく知られているノロウイルスやO-157などをはじめ、下痢を主な症状とする感染症はたくさんあります。清潔な飲み水が手に入りにくい発展途上国などにおいては、現在もこうした感染症が小児の死因の上位を占めています。

 

日本でも流行したコレラ

過去の歴史の中でも、これら感染症は何度も猛威を振るっています。中でも有名なもののひとつがコレラでしょう。コレラ菌が飲食物とともに口から体内に入ることによって感染する病気で、1日20~30回にも及ぶ水のような激しい下痢を主症状とします。

 

robin foto/Shutterstock.com

 

この下痢の原因は、コレラ菌が腸内で放出する毒素にあります。これが小腸の細胞にとりつき、ふだんはしっかり閉じられている水とイオンの出入り口を開け放ってしまうため、細胞から激しく水分が流出します。このため患者の体内からは、皮膚が乾燥するほどに水分が抜けきり、老人のような顔になってしまうほどです。治療を施さねば、死亡率は70~80%にも達するといわれます。

 

Protasov AN/Shutterstock.com

 

コレラは古くから記録に登場しますが、世界的に流行するようになったのは19世紀からです。1822年には日本に初上陸し、西日本を中心に猛威を振るいました。幕末の1858年には、長崎に寄港していた米国船からコレラが侵入し、この時は江戸でも火葬が間に合わなくなるほどの大きな被害を出しました。海外からもたらされたこの災厄は、国内に攘夷運動が盛り上がる要因のひとつにもなっています。

 

かくも恐るべき流行病であったコレラですが、現在ではさほどの脅威ではなくなりました。2007年の法改正では、コレラは「総合的な観点からみた危険性は高くない」という、三類感染症に「格下げ」されています。これは、上下水道の整備など衛生環境の改善もありますが、優れた対策が開発されたからでもあります。

 

失ったものを補う

対策というのは、画期的な新薬やワクチンなどではなく、輸液を行うことです。要するに、下痢によって水分が体外に流れ出ていくのなら、その分また補給してやればよいという、実に単純な話です。こうしているうち、免疫作用によってコレラ菌は駆逐され、元の体力を取り戻せるというわけです(重症となった患者には、抗生物質も併せて使われます)。

 

体外に出ていく水分とイオンを補うため、かつては塩水(海水を薄めたものなど)を飲ませる方法が行われ、これによって死亡率はずいぶん低下しました。ただしこれは、ただでさえ荒れた状態の消化管に負担をかけることになるため、現在の先進国では点滴による輸液が行われます。これにより、コレラによる死亡率は1%前後にまで低下しました。

 

Happy Together/Shutterstock.com

 

現代の感染症による下痢対策も、基本的にコレラへの対策に準じます。下痢で失われる水分及び、ナトリウムなど陽イオン類を補給することが重要です。イオン補給という意味では市販の経口補水液がありますが、塩分濃度がかなり濃いので、これだけを多量に飲むのではなく、通常の水分補給を交えつつ摂取すべきです。

 

ウイルス性の場合の注意事項と、変わらぬ対策

市販の下痢止めもありますが、ウイルス性の場合には飲まないほうがよいともいわれます。下痢は、ウイルスを排出するための体の防御機構という面がありますので、下手に下痢を止めてしまうのは逆効果にもなりかねません。

 

つまるところ、感染症による下痢の一番の対策は、しっかりした予防です。手洗いの励行、生ものには気をつけること、清潔な水を使うことなど、ごく当たり前のことを積み重ねるほかはありません。食中毒の増える季節、みなさまお気をつけ下さい。


出典:KENKO JIMAN編集部(サイエンスライター:佐藤健太郎)